伊豆88ヶ所霊場の歴史

伊豆88ヶ所霊場の歴史

伊豆八十八ヶ所霊場の起源は、定かではありませんが、確認できる石碑で、49番札所から50番札所に行く道中、山の頂上付近で、江戸時代の「天保六年(1835)四国遍路祈願」と刻まれた石碑を確認しています。

少なくとも、その石碑の前の山道が遍路道だった事を伺わせます。更に13番札所の北條寺には1815(文化12)年の遍路絵馬額があり、どこの遍路か不明なものの、もしこれが伊豆八十八ヶ所ならば200年近く昔から伊豆八十八ヶ所遍路が行われていた事になります。その他にも、明治時代の納経帳や木版など、明治時代には、伊豆で多くのお遍路さんが参拝していた事でしょう。

8番札所(益山寺)9番札所(澄楽寺)松崎の山奥の81番札所(宝蔵院)88番札所(修禅寺)など弘法大師自らから開創・開山されたという伝説の残る寺院のほか、関係の深い寺院も多く、弘法大師の手記には、渓谷の谷で修行をされたと書いてあり、修善寺を指しているという説もあります。

各寺院にはそれぞれの由来や伝説もありますが、古事記等を焼失した寺院も多くあり、確実な事は不明です。しかしながら境内に一歩入ると、千年近い樹齢の古木や苔むした石仏像等が、確かな歴史を物語っています。

歴史01その他に7番札所の参道にある、天保十五年(1844)の石碑には伊豆八十八ヶ所が彫られています。
歴史02六番札所で見つかった、明治22年の日付が入った木版
昭和四十年未明に見つかった、二十八番札所に保管してあった明治四十五年の納経帳。
 
この納経帳が見つかった事で、当時の田上氏が伊豆霊場振興会を発足し復興に尽力する。
 平成28年(2016)に16番札所興聖寺より発見された、明治22年の木版。明治22年に何かあったのではないかと思います。